2月の予定
日数が少ないのに飲み会が5回、それを忘れてたので赤字だ。どうすんだ。
この曲が共鳴するときは気分がいい。というか、そんな時に遭遇する。
気持ちが同じところにあって、同じ方向を見ているときにこの曲が共鳴する。で、大事なのはそんなことなんだろうと思う。なくしてから気づくよりずっと早く、今気づいている。
んと、ふとし君、はやしさん、ごとうさん、坂田で打ち合わせ第一回。8/11土曜日に碩台48年卒同窓会します。これ見た人、手帳に書いてね。まず名簿作って人さがしを2~3月で。
次回の打ち合わせを2/25の2時から碩台コミセンです。ここに向けて口コミで
熊本北署での防犯登録。
時間は8時半から17時まで(平日)。費用は500円。必要なものは、自転車と身分証明書(免許証でよい)。
9時に行って、担当の方がまず自転車に刻印された製造番号を確認。この刻印がないと登録は不能であるから注意。書類作成され、署名(捺印はなし)。500円を支払う。ステッカーを貼りに担当の方が自転車まで来て貼っておしまい。おまけに、「二重ロックを推進してます」とカギを頂きました。30分程度。
自転車の盗難に警察が費やす時間が相当なものなのだろう。防犯登録により警察のデータベースに登録され、放置自転車の持ち主割り出しが早いという利点がある。そういう理由からか、自転車の防犯登録は義務となっている。また防犯登録票が貼ってあると簡単にははがせないので、盗難した者は部品をむしるか捨てるかが多い。つまり自分のものとして愛情を持って乗るということはしないので、最後は必ず手放される。自宅からかなり離れた地域で見つかったという話も多い。
乗らなくなって他人に譲る場合は返納をすること。それでデータベースから削除される。最寄りの交番でできる。
自転車が盗難されるかどうかは、持ち主の管理と自宅近隣、あるいは乗っていった先の状況によるだろう。近隣と乗っていった先の状況は改善できないが、盗られにくくするために二重ロックは確かに必要だ。
そういう自覚をするために、警察署で防犯登録をすることは警察の手間を少しでも減らす意味でいいかも。
久しぶりに佐野元春を解禁。一番好きなこのアルバムから。
依存症というかマインドコントロールというか。さて自分が善悪二元論に支配されているか?(佐野のスタンスを全肯定でなく批判もできるか?)他人の言う事に耳を貸し、意見を取り入れることが柔軟にできるか?(嵐が好きだという友人の事をフィルターをかけないで見ることができるか?)
まあ難しく考えないように。「ジュジュ」は素敵だし、「レインガール」も待っててくれた。だから誰にでも素敵に接することができる。意見を、批判をやりとりできる相手がいてくれる。
広場を抜けて 丘を駆け抜けて 空を見上げて
いつの日も誰かがきっと遠くから見ていてくれる
両親から、何になれあれをしろこれをするなとは何一つ言われたことはない。どこの高校に行け大学はこうしろ就職はああしろどこでしろ熊本に帰れともなんにも言われず、それでもちゃんと社会人として生きているのはそういう両親のお陰なんだろうと思っている。
自分でも変だと思うのが、小学生の時に書かされた将来なりたい職業に「サラリーマン」と書いたこと。さる友人が覚えていた「訳者(=翻訳家と言いたいつもり)」は小学校六年生の時で、サラリーマンと書いたのはもう少し前。作家でも科学者でも宇宙飛行士でもない、でも世の中のほとんどの大人が就いている職業。夢がないというか、強烈に冷めているというか。で、確かに最初そうなって、今はそうでない。
(ケーキ屋さん→学校の先生)四歳のときに幼稚園で誕生会の発表をするときに二番目(女)は、ケーキ屋さんになりたいです、と言っていたのが、中学生の途中から学校の先生志望になった。その後変更されていない。よほどよい先生に恵まれたのだろうと思っている。目標を定めたときの二番目は強い。習字も乗ったときは肉太で生命力にあふれた真似のできない字を書いた。
(サッカー選手→野球の選手)長男(中一)はサッカーをやっていた小三まではサッカー選手になりたいと答え、四年生から野球に転向し地肩の強さでピッチャーを務め、小六の卒業式では野球の選手と表明した。今やっていることに常に没頭する男の子はみるみるたくましくなる。まあ親に相談してくるのは二十五年くらい先かも。
(?)長女(予備校生)は勉強することに没頭しているようで、中学高校と部活も全力を尽くし、受験で忙しい今も父親のからかいをさらに捻って打ち返す余裕を見せる。この二カ月で進路が決定すれば、将来構想を自分で練ってくるだろうか?父親が社会での自分の役割に気づいたのは四十代だから、あと二十年どまぐれたとしてもどうってことはない。
そういう訳で自分の子供がどこの高校に行くどの大学を目指す将来何になりたい、という希望を漏れ聞いても特に何も言わないし言えない。子供の可能性を摘むのは親の不用意な一言だなんて思う。見てると子供三人の自分なりの努力の継続は口出しのしようがない。困ったらいつでもどうぞご相談くださいとそばにいるだけだ。仕事のときと同じように。(了)
石原慎太郎氏が芥川賞の選考委員を、刺激がない、という理由でやめる。この人の独善的な、反論を論駁してしまうやり方は虫酸が走るといつも思ってしまうから、今回の件も好感が持てる言動じゃない。こんなのが学級委員をやってたら学校に行くの、やだろうな。ただしマスコミに取り上げられる顔だけ見たらの話。他の面は当然あるだろう。本よんでないからわからないけど。
で、刺激がない、っていう所に身をおきたくない、ってのにはやや同意する。これも物の見方、気の持ちようだけれど。
バンバン。作詞作曲荒井由美
明治の文化祭である駿台祭にて今はなくなった記念館のステージで歌う松任谷由美を最前列で聴いていた。錦華公園近辺の風景をイメージして、なんてMCがあった。本人が歌うとちょっと違和感があって、バンバンのばんばひろふみの歌唱の方がすっとくる。この曲の記憶は、また別の違和感があってそれは取れる日がくるんだろうかと思う。
上二人女の一番下の長男。他人との比較なんて、と思っているけど、その指標があきらかに今までの自分を上回ろうとするがんばりを感じたので、がんばっとるたい、と頭を叩いてほめた。長男の感受性は、作為のある言葉や行動については、うっせえ、と一蹴して二階に上がっていくが、今回はだまっていた。自然に口をついて出たほめ言葉だったので評価してくれたのだろう。長男は自分の鏡である。
樹は植えられた場所で生きていくために自分で考えます。
ここじゃ気に入らんとどこかへ場所を移すわけにいかず、その土地で生きるすべを自分で見つけなければならない。そう思った。人間も一緒だ。
樹を植えたときの思いを何年も経って樹に会いに行って思い出す。そういうことが生徒にも伝わり自分たちの心の成長につながる。いろんな思いをこめて樹を植えたはずだから。そう、再会して、また会おうの思いがそこにはあって、それも何百人もの思いがあって、それを樹というシンボルに残そうとして、だから植樹をした。そうだった。
読まれた方、もし2月15日前後(日にちはもう近くならないとわかりません)に植え替えをしますので、ご都合つかれたら午前中竜南中に寄ってもらったらうれしいです。
ねばならない、というのをもう本当にやめよう。できたしこでいい。誰に相対するにしても、ねばならないなんてどこかに捨ててしまって、それで向かい合ったら自然な肌触りのやりとりが生れる。お互いを尊重できていく。だから、どんなに気持ちにそぐわないことを相手が表明しても、その時の気持ちのままに動けばいい。そこで相手がどう思っても自然な要求に、心の声に従ってるまでだ。
営業成績を整えるために売上をこれだけ作らなければ、とか、あの人の心を解きほぐすためにこういう態度をとりこういう対応をしなければ、とか、今日はこの本を読まなければ、とか、笑顔を見せなければ、とか、思えば思うほど自然でなくなってしまう。心の声に耳を澄ます。
「今こう思うんだ」
春遠からじ。これからもう少し冷えるのだとしても、もう日一日と夕暮れが遅くなっている。明るい方が気分もいい。一番うれしいのは、自分の家族が他人からほめられた時。それは一年中変わらない。
(恐怖)いろいろあるが人工透析が一番怖い。延命治療なんです、と聞いたときからずっと。四十歳で健康診断の結果の中の血圧の項目の上昇に気が付き、以来ずっとじわじわ上がってきている。努力して平行線で、気を抜くと上がっていく。運動しても、体重を減らしても、冬場の寒さとストレスで血圧計は上がったままが続き、このままいくと人工透析ですよ、と言われて薬を処方してもらったのが三年前。
それが昨日クレアチニンという腎臓の機能を測る数値が上限を超えていた。人工透析に一歩近づいたかと思うとぞっとした。薬の量を1.5倍にしてもらった。とにかく血圧を下げないことには穏やかならぬ未来となる。
(血管)胃カメラがきついので麻酔で寝ることにしていた。そしたら昨年の今頃の胃カメラ麻酔の注射で血管が一本死んでしまった。麻酔からひと月くらい経って血管にこぶがいくつもできたようになり、月いちの問診の時に聞いたら、もう血液は流れてませんね、と他人ごとのように言われ、いつしかこぶが消えたと思ったら静脈特有の青い筋も消え、つまり血管が消失してしまった。開いてみたら残骸くらいはあるかもしれない。
その際紹介を受けて一回だけ通院した血管外科で、下肢静脈瘤と診断され手術を勧められた。聞き流して放置しているが、自転車で遠乗りした後でふくらはぎを見るとぼこぼこ青いこぶが出ている。これも自覚症状がないので、最後どうなるかを聞かないとと思うが、医者の選択は難しい。
(歯)夜の歯ぎしりによってダメージを受ける歯。スプリントと呼ばれるマウスピースの一種を装着して就寝するが、すでに一本ひびが入っていて噛み合わせによっては激痛がある。物を左で噛むくせがあったが、その歯が左の上なので、右で噛むように変わってしまった。まだ右で噛めるだけいい。
どれも自分の体のことで、原因は自分の生活習慣や本来持っているものなので、腹を立ててもしょうがない。集中力が続く時間帯もだんだんせばまってきているから、人に頼る場面がだんだん多くなる。仕事も生活も自分だけでやっているわけではない、という自覚がやっとでてきたのは収穫だ。
だから自分が年をとる事は周りにとって良いことだと思う。(了)
マウンテンバイクとロードレーサーそれぞれに乗ったときの体の使い方の違いが大きい。前者は太ももの筋肉ばかり利用してしまい、立ちこぎで坂道をこなす乗り方になる。だから本当はサスペンションがあって弾むようにでないと特長が出ないかなと思う。一方ロードレーサーは深い前傾から手でハンドルを引き寄せ、ペダルをやや後方に押して乗ったり、立ち姿勢で弾んで踏んだり、ハンドルの持ち方五通りくらい姿勢を変えて乗ることができ、結果疲れは全身で負担する。だから汗をかくわりに筋肉疲労は少ない。したがって楽しい。これは選択肢のある楽しさとも言える。これが今日現在の感想。
贅肉の落ち方も、全身くまなく減っていくような感じ。ダイエットにいいかも。
で、少なくとも2月18-19日までは通勤もロードレーサーで行こう。
さて、 8月11日(土)想定の碩台同窓会の打ち合わせを、
今度の1月21日(土)に、済々黌多士会館に1時~3時打ち合わせ第一回を行います。駐車場は余裕がありますのでご心配なく。済々黌への坂の途中です。各組から2名ずつ男女くればいいな。
変更です。1/28土曜日6時から碩台コミセンです。駐車場あります。
ストラヴィンスキー作曲 ピアノ=マウリツィオ・ポリーニ
知り合いの病気を知らされ、気持ちが変になる。この演奏がちょうどしっくりする。ポリーニの人生観のまぎれのなさに、言葉はいらず、立つ位置がみつかる。ポリーニの素晴らしさを思い出した、やっと。
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